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叙位と叙勲 伝説の横綱「北の湖」 子供の頃は大嫌いだったワケ

◆叙位と叙勲 北の湖

11月に62歳で急逝した日本相撲協会の 北の湖 前理事長に対して、叙位(従四位)と叙勲(旭日重光章)の伝達が行われました。

 

伝説の現役時代も、相撲協会の理事としてで働いているときも、いつも変わらない凛々しいポーカーフェイスが印象的な力士でした。

私が小学生の頃が彼の全盛期でとても強い横綱でしたが、とても嫌いでした。

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◆大嫌いなワケ

小学生の頃、相撲が大好きでした。

休み時間には砂場に行って円を描いて土俵を作り、友達を集めては相撲を取っていました。

 

体格は小さい方で筋力もある方ではありません。

相手の力を上手く利用した投げ技や、土俵際でのうっちゃり、姿勢を低くしての寄り切りなど、技を駆使しての相撲だった様に思います。

 

放課後も友達と校庭に残って相撲をしたり、学校から追い出されると近くの保育園の園庭などで相撲を取るほど、のめり込んでいました。

 

その頃活躍していたのが

 

 

等です。

 

 

北の湖VS輪島

 

小学生の私は輪島のファンでした。

「黄金の左上手」で北の湖を負かす姿が格好良かったんです。

  

場所中は急いで学校から帰ってきて相撲中継を見ていました。

そして輪島の取り組みはテレビにかじりついて、一緒に体に力を込めて土俵際でこらえたり、投げを我慢したりしていました。

 

優勝争いが北の湖と輪島の一戦になる事が多く、輪島VS北の湖の取り組みの時はいつも以上に力を入れてみていました。

北の湖は輪島の敵でしたから、普通の流れで北の湖が大嫌いになってしまいました。

 

◆世代交代

北の湖のピークが過ぎた頃、相撲界に新たなヒーローが誕生します。

千代の富士です。

とても強く、顔も体も整っていて人気がありましたね。

 

その千代の富士に土を付けられてしまう北の湖

凛々しいポーカーフェイスが、ちょっとだけ崩れて苦笑いとかするようになってしまうんです。

 

この頃の北の湖は好きになってきていました。

人間らしくなったというか・・・

 

◆まとめ

結局、北の湖は強かったんですよ。

だから嫌いだった、自分が好きな輪島をねじ伏せる姿を多く見せつけられ、当たり前のことをした様なポーカーフェイスで去っていく憎い敵だったんです。

それだけ強い横綱だったという事です。

 

 

 

《余談ですが》

千代の富士って出世する前は好きな力士の一人だったんですよ。

幕内の取り組みの中で一番元気に暴れ回っていた印象があります。

小さい体で大きな相手に張り手で頑張ったり・・・

 

気が付いたら大関横綱と出世しましたね。

全身に大きな筋肉をまとって、体の大きな力士の当たりにも、押しにも、投げにも動じない体に生まれまわって最強伝説を作りました。

 

その筋肉の発達の仕方が急激だった事もあり、色々噂はありますが大変な努力をされて作った身体なんだと思います。

 

当時同じ門のには強い力士が多くいました。

千代の富士が違う部屋だったら、あそこまで活躍できなかったのではないかと言われるほど、強い力士たちが同じ屋根の下で、同じけいこ場でしのぎを削っていたんです。

 

「同じ部屋の力士たちも強かった」「物凄い全身の筋肉」

千代の富士の強さは信じたいですが色々考えてしまう人がいるのも頷けませんか。

 

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。